多弦楽器の暴奏

心よりいず、願わくば再び心に至らんことを

心よりいず、願わくば再び心に至らんことを

白い曼珠沙華

田舎にいた頃は毎年この時期になると、あちらこちらの田畑の土手に突然のように赤い花が咲きだします。曼珠沙華です。私の育った地域では彼岸花と呼んでいました。

子供の頃、幼馴染と一緒によく土手や小川でよく遊びました。この時期、あの赤い花が密集しているのが遠くに見えると、帰り道をそれて田んぼの畦道にどんどん入っていきます。小走りに走る幼馴染のランドセルのフラップが大きく左右に揺れます。

とりわけ長い茎を見つけて引き抜き、それをぽきぽき細かく折っていきます。そして表面の薄皮を一筋残し、折った茎を一つ飛ばしに取り除いて鎖のようにして遊ぶのです。そうやって小学生だった頃のの帰り道、土手を歩き道草をしながら帰ったものです。運が良ければきれいに目のレンズまで残った蛇の抜け殻を見つけることもありました。稲穂は頭を垂れて収穫を待ち、空を仰ぐと高い声で鳴くドビが大きく旋回しながら飛んでいます。

近代化があまり進んでいない時代の片田舎の古い家柄でしたし、子供の頃はから自然や生き物、あるいは催事や作法に至るまで様々な事柄に対し決まり事があるものなのだと肌で感じながらいました。そんな中、禁忌として「家に曼珠沙華を持ち帰ってはいけない。」というものがありました。家に持ち帰るとその家が火事になるといういわれです。

家のものが寝静まってひっそり静かになった真夜中に、こっそり子供が悪気なく持ち帰ってしまった曼珠沙華。その花弁が赤く光を放ち始めたかと思うと、次第にめらめらと炎のように变化し、納屋がくすぶり出し周りにあるものを炎が舐め始め、やがて家を焼く。そんな様子を子供ながら想像したものです。

本当のことをいうと、曼珠沙華には毒があるようです。すこし大きくなって大人から聞きました。子供たちに危険な目に合わないようにいい聞かせるには、なるほど説得力があり子供の想像力を掻き立てる話だと思いました。

あれから随分時間が流れ自分にも娘ができて、まだ幼かった二人に公園の端に咲く曼珠沙華にまつわる話をしました。もう忘れてしまっているでしょうが。

最近、公園やマンションの植え込みに咲く白い曼珠沙華を見かけます。私の育った田舎ではあんなものはなかった。アルピノのような突然変異的な個体なのだと珍しく思いシャッターを切りました。よくよく調べると、これは曼珠沙華と別のスイセン類の花との異品種が混ぜ合わさった交雑種だそうです。結構レアだと思ったのですが、案外そうでもないようでした。

お彼岸の時期でお墓参りとか先祖供養とか、そんな空気の中にあって、増してあの毒々しいほどにも赤く神秘的な花でしたし、今となっては一種の不吉な死の予感を感じさせるようなものと結びつけて捉えてるような気もします。ある意味、そんな背景こそがが日本の心象的な原風景だとさえ思います。