多弦楽器の暴奏

心よりいず、願わくば再び心に至らんことを

心よりいず、願わくば再び心に至らんことを

Bicycle commuting

Bicycle commuting

今月で自転車通勤を始めて5年目に入りました。まだそれぐらいかと思いますし、もうそんなに経ったのかとも思います。しかし、私の中で何かが変わっった5年でもあります。

自宅マンションのある上町台地から阿倍野筋を南下しながら熊野古道に沿いに下っていきます。阪堺電車チンチン電車)とともに住吉大社まで走り、西に向けて住吉公園の中を抜けると国道26線に出ます。そこを南下しすると上り勾配が続き大和川にたどり着きます。ここからはほとんど信号のない堤防沿いの車の通らないサイクルコースを走り、それが河口近くで終わって降りたら自転車専用レーンがあるのでそのまま仕事先まで。サイクリング気分を味わいながらの通勤が私の毎朝です。

装備も万全です。安全を考えヘルメット着用しグローブや動きやすいサイクルウエアで身を固めます。自転車から降りて街を歩いたりお店で買物もそれほど違和感のないよう心がけ、ストレッチ素材のサイクル用の7部丈パンツなどを好んでいます。います。大阪府では自転車保険の加入が義務化されていますので、必要な保証を受けられるように備えています。もちろん、スマートフォンのながら運転や歩道の走行など交通マナーはわきまえているつもりです。速く走ることよりも安全が第一です。

「雨だと自転車たいへんですねえ。」とよく言われますが、そんなことはない。レインジャケットに雨が当たり乾いた音を立てているのを感じながら走っていると、自然の真っ只中にいるようで実は気持ちがいいのです。雨に濡れて困るようなものは身につけませんし、レインジャケットはほとんど雨を通しません。汗で蒸れることはありますが、職場についてからは肌着以外はすべて着替えます。むしろ、辛いのは雨よりは強い向かい風のほうで、強風に抗いながら風の抵抗を全身で受け止め、体力がどんどん消耗するぐらいの負荷が掛かるのでやめて欲しいと願いながら走っています。誰か前で私を引いて走ってくれるアシストがいると助かるのに。

しかし、晴れた朝は走っていて気持ちがいい。特に今の季節は最高です。季節ごとに移り変わっていく草木を遠く眺めたり、野鳥の観測スポットもだいぶ把握してきました。今の季節だと密集して可愛らしく穂を揺らすエノコログサとか、三角頭の宇宙人のセイタカアワダチソウの黄色い花が爆発的に繁茂しつつます。足元には青くツユクサもたくさん咲いています。

縄張りを持つイソヒヨドリのオスが、だいたい同じあたりの電柱の先にとどまり、深く光る青い羽根を自慢げに輝かせていたりします。このブログでも書きましたが、偶然コウノトリを目撃したり、全く同じ場所で西の空に美しい虹の橋が青空に描かれているのに出会えたときは意味深く考えてしまうような感動的な瞬間でした。

大和川の水面をボラがジャンプして飛び跳ねている。それも何匹も。なんのために跳ねているのか、私にはわかりません。それを狙って大きな翼を広げたミサゴが上空でゆっくりソアリング飛行をして海面近くを泳ぐ獲物を狙っている。狙いを定めてホバリング後に急降下して着水。大きな水しぶきが立ちます。30センチ以上ある大きなボラを鋭い爪で掴んで飛び立つ。あれだけ大きい獲物を掴んで翼の力だけで水面からまた飛び立つとは、あの大きな翼と力強い羽ばたき。猛禽類の持つ魅力的なフォルムと迫力ある狩りの瞬間。ついつい時間を忘れて見入ってしまいます。仕事に行かなくては。

途中にはJ-GREEN堺という日本最大級の施設規模を誇るサッカー場などの巨大なスポーツ施設があり、その外周が自転車の周回コースとなっていています。仕事が早く終わってまだ陽がが高い季節には少し走ったりします。潮風を感じながら走る一周2.2キロメートルの左回りのコースは走りやすく快適です。堤防沿いのコースはランニングやウォーキングをする方もいますが、ここはウォーキングのコースとは別になっているので歩行者がいることはありません。安全です。いつも思うのですが、ここを走っているとき他の自転車の方は一度も見ることがないのが不思議です。貸し切ってるみたいで気持ちよいのでいいのですが。

本気で走りたい人はというと、この近くで仕事先もある、堺浜サイクリングコースを走られるようです。一周5キロメートルのコースで、車があまり通りませんし、ここもそうですが、ほとんど信号がありませんのでロードバイク乗りのライダーにとってのメッカということになっています。周回途中にある施設の「海とのふれあい広場」内でもロードレースの「堺浜クリテリウム」のコースのある会場があります。一度観に行ったことがあります。

この界隈は平日の夜ともなるとカラフルなサイクルジャージを身にまとい、ロードバイクで走る目的で来られている方が集まりだします。仕事を終えて、そのコースの一部を通るのが帰り道の始まりです。年齢の言い訳にしてはいけませんし、走り込んでいないというべきでしょうか、私はどちらかというとそんなに走るのは速いほうではありません。走っていると背後から集団が近づく気配を感じます。シャーッというタイヤとギアのノイズがだんだん大きくなって、近づいたかなと思うと一気に飲み込まれて、そして後方へと吐き出されてしまいます。私はひとり取り残されて、まるで暴風に背後から煽られたようです。過ぎ去る車列の中でピカピカ点滅する赤いテールランプがだんだん遠のいていくのをキレイだなと感じながら横目に見て、海沿いの小さな浜辺の横を通り抜け、大和川の堤防のコースに入り帰路付きます。

この浜辺から見る夕焼けは素晴らしいです。毎日同じ形の雲はありませんし、それらが放つ色彩は美しく疲れた体を癒やしてくれるようです。稀に海釣りをしている人や、子犬を連れたカップルが夕焼けを眺めたりしています。空の景色とは裏腹に対象的に、浜辺には多くの放流物が流されています。ペットボトルやビニールの包装紙などの不燃ゴミの漂流物がほとんどです。サンダルやボール、木々の枝、便座の蓋や上等の木魚まで流れ着きます。きれいな貝殻を見つけたとか、そういう一度もありません。あたりを漂う空気はというと、実は磯臭くてあまり好きではないのですが。

夜の川沿いの帰り道は殆ど街灯がなく真っ暗な道です。前照灯のライトは点灯しているのですが視界は悪い。そんな中、ふいに暗闇に平衡感覚を奪われてしまい空間にふわりと浮遊しているかのような、或いは突如地面が抜け落ちて慣性も失われて静止しているような、そんな不思議な感覚に陥ります。

阪神高速湾岸線を目前にして、東の空に凛として浮かぶ大きな満月。その光が河の水面を細かく照らし、音もなくさざめきながら煌めいている。その光もまた、元を辿り光源は何かというと、反射を繰り返した太陽の光を見ているのだと気づくのです。

秋が深まる季節になり、河川敷の植物の茂みに潜んでいる秋の虫たちが、ひしめき合うように電気信号の通信音に似た規則性のあるリズムに乗せて、色とりどりの美しい求愛の音色で辺りを覆い尽くしています。自転車を止めて、しばらく耳を傾けます。夜空を見上げるとわずかばかりの星が瞬きます。周りに高い建物が全く無いので、空は広く感じます。

今年の夏は火星が15年ぶりの大接近した年でしたし、更に珍しく火星、土星、金星、そして月といった太陽系の惑星と衛星が1世紀ぶりに大接近して同じ方角に見える年でした。前々から楽しみにしていたので、しばらくの間、夜になってそれぞれの位置が少しずつ変わっていく様子が観測できました。この地球を含めて惑星たちのそれぞれの位置関係が変わっていくのが実感できました。

そんな太陽系の公転する惑星たちが描く軌道を感じながら、私はこの地球上の北緯34°の斜面に張り付いた日本列島の上で立っていて、そこから今こうして宇宙を眺めている。東南の方角に赤く光る火星があり南南東の空に土星、そして西に向かってに月や金星が眩しく輝いていて、惑星たちが南側の空を東から西に結んでいるのに気づきます。太陽を中心とした巨大な同一平面が存在し、8個の惑星と5個の準惑星が周期的に公転している。なぜ、太陽系の惑星は同一平面上を公転するのか。星空をあとにそんな疑問が頭を過るのでした。

iPhoneの自転車の走行履歴管理アプリケーション「Road Bike」のログによると、自宅から堺浜までの通勤のコース、距離にして13キロメートル。途中、上り下りがあるので、高度上昇は66メートル、高度下降は49メートルなので高低差は17メートルということになります。気分のいいときは少し走りたりないと感じるときもあります。考えてみると自転車通勤としてはかなりいいコースに恵まれていると思っています。車や電車で行くのは、むしろ勿体ないといい切っていいと思います。

体を動かし汗をかき、風が体を冷やしてくれる。息が乱れ喉が渇き、酸素と水を体が欲しているのがわかる。鳥や昆虫や花々そして夜空の奥には宇宙が広がっている。そこには繰り返し四季が流れていく中の自然の営みや、そのダイナミズムを肌で感じられる。そんなふうに視点が変わった。自転車に乗ることで今までと違う物語を読み解く。そして、その先にある事柄を求めて知的好奇心が更に駆り立てられ、目が開かれる思いがした。それに気づいたというか、子供の頃の好奇心が再び蘇ったというのでしょうか。これは私の人生で大きな出来事の一つとなるでしょう。人生が変わったという言い方をされる方もいるかもしれません。

また、走り出して自分自身の心身にも影響を及ぼしているのがわかります。何かが変わったか、と聞かれれば何と答えるかというと、ご飯が美味しくなった。ビールが今までにまして更に美味しくなった。と、答えています。それまでは空腹でお腹が鳴る、というのは無かった。そして、よく眠れるようになったこと、大きな風邪をほとんどひかなくなったことでしょうか。以前は年に何回も風邪を引いては熱を出して寝込んだりすることが多かった。体を動かすことでストレスの解消とかもあると思います。酷かった肩こりも改善の兆しを見せています。

仕事で疲れたときや帰るのが面倒なときもあります。しかし、自転車で来た以上はやはり自転車で帰らなければいけません。そうやって、わざと一日の中にルーチンを織り込んでしまえば、面倒だと思うことは日常化できる、ということがあるのですね。
5年続けてみて、いろいろなことが変わりました。でも、悪くなることはひとつもない、いい事尽くめです。自然に身を置き、日常として意識して健康的に体を動かす。次の5年後、私は何を思い、どうなっているのか楽しみにしています。