多弦楽器の暴奏

心よりいず、願わくば再び心に至らんことを

心よりいず、願わくば再び心に至らんことを

トンボの生体観察

蝶取りをしていて、ちょっとしたアクシデントといかミスを犯してしまう。

蝶の出現を今か今かと神経を研ぎ澄まして待っていた。ちょっと集中力が切れかけた頃、ふと足元を見るとトンボが止まっていた。シオカラトンボだ。羽が下向きに下がっていたのでこれは捕まえやすい。トンボは着地すると、しばらくはいつでも飛び立てられるように、左右の羽が水平よりやや上向きに位置する。(と、自分の経験と想像で、そう思っている。)本格的に飛ばないときは、水平より下向きに左右の羽を伏せている。この状態だとうまく近づけば、急な逃避行動ができないので、極簡単に素手でも捕れる。(と、いうふうに子供の頃からやってきた。)

あと、これも何故か分からないが、トンボを捕まえるときに人差し指の先端でグルグル円を宙で描きながら少しづづ近づいていけば素手で捕まえられる。子供の頃、みんなそうやっていた。トンボの目は複眼と言って個眼が数千から数万個集まったハニカム構造になっていて、そこに数万個の人差し指グルグルを見るため、視覚が混乱してしまうのだろうか?。いや、違う。複眼の視覚情報をひとつの像として認識しているはずだし、まして複眼を持っているのはトンボだけではない。昆虫全てが複眼なのだから、何故か人差し指グルグルはトンボだけが有効で、蝶には全くを持って効果がない。

今回は虫あみを持っていたので、お気楽にトンボを捕まえられた。あみ越しにトンボを見ると、どうも打ちどころが悪かったらしく、脳震盪(のうしんとう)を起こしたように足がピクピク動いて羽ばたこうとしない。捕るだけ捕ったら逃してやるつもりだっただけに、自分の犯したミスが悔やまれる。

動かなくなったとはいえ、生きているトンボだ。早速、じっくり時間をかけて生体観察を行った。頭というか大きな複眼部分を前足で撫ぜるように何度も前足を動かす。複眼を覗くと綺麗な透き通った青緑色をしている。小さいレンズが密集してその奥にあるものが不思議な立体像として見える。恐らく、僕の顔が見えているのだろう。

腹の部分(俗にいう「しっぽ」)はオス特有の青白い灰色をしており、光沢はない。先端部分が黒ないし紺色をしており、自衛隊の航空機のような色合いをしている。同種のメスは色が異なり、茶色の胴を持ちムギワラトンボと俗に呼ばれている。側面には呼吸孔がみえ、腹を膨らませたりして酸素呼吸しているのがわかる。羽根は薄く透明で植物の葉脈標本のように細い筋が美しい。恐らく、これで薄い羽根の強度を得ているのであろう。

足のかぎ爪の構造と形状や、胴と足との継手である関節部分など、細部を見れば見るほど「よく作りこまれた機械」のように見える。その内側には、何か分からない生物に刻まれた本能のような実態のないものが存在し、体中を神経ネットワークが張り巡らされ、そこに微弱な電流が流れ筋肉を刺激し体節を動かしている。それが肉を喰う捕食活動をしたり、生殖や産卵をして種を保存してきたのだ。