もうすっかり秋が深まって、街路樹や公園の木々が色づいています。
サクラの木はオレンジ色から赤に色とりどりで秋も楽しませてくれます。エノキやイチョウは黄色に黄葉。姿形の良いケヤキも色づいて葉を落とし始めています。ポプラやプラタナスの大きな葉っぱも落葉してます。ハナミズキも真っ赤に紅葉しています。そこに常緑種のクスノキなどの濃い緑や抜けるような青空の青も加わり、まるで絵の具のパレットにみたいできれいですね。
今の季節は太陽の高度が低いため、葉を横から透けて通すように光が差し込みむので、美しさが増すかのようです。ずっと見ていられます。
ただ何もしないで眺めるだけ眺め、この光景を記憶に留める。
ぼんやり時間を気にせず佇む、光を感じる、風が通り葉をカサカサと音を立てて揺らす、一枚一枚と葉が落ちてくる。どこか心の奥にそっと落ちてくるような。
どれぐらいここに居たことでしょうか。鼻から大きく深呼吸をするとほのかに甘い樹木の香りがする。池のみなもに丸く波紋がいくつも広がっていく。カワセミが青く輝く背中を光らせ、水面すれすれに直線的に横切る。頭上ではヒヨドリがたくさん囀っているます。
何もしない。ついつい何か生き急ぐような毎日で、時間や仕事に振り回されている現代において、こんな時間は贅沢なのかもしれません。
人類であるホモ・サピエンスが誕生したのが20万年前。洞穴に暮らし狩猟採取をしていた石器時代や縄文時代1万年前。その頃と比べて、私たちヒトの身体はそんなに変わっていないはずです。それなのに、ここ数十年の生活スタイルの急激な変化に私たちは果たして適応しているといえるのでしょうか。
自然と切り離された空間で1日に10時間以上パソコンに向って座り続けているのが私の仕事としての日常です。時々思います。ヒトの身体の構造としてほとんど連続して10時間も同じ姿勢で座り続けるようにできているのでしょうか。
例えば足。足を動かさないために起こる血行不良や血栓などの血流異常があるのではないか。目に関しても、同じ焦点距離で光る物体(パソコンのモニターやスマートフォン)を見続けても耐えうる感覚器官なのか、と。
だからこうやって自然の美しい光景を見ると、身体の奥底のが何が反応しているように思えます。何もしない。自然と戯れる。この歳になってつくづく自然の大切さを感じます。