多弦楽器の暴奏

心よりいず、願わくば再び心に至らんことを

心よりいず、願わくば再び心に至らんことを

ダリアと柿

ふと我に返ると秋は深まりをみせている。11月半ば。

仕事に追われるばかりの毎日ですが、休日とはいえ家に閉じこもるのはあまり好きではないもので、冷たく吹きすさぶ季節風が身を刺すようなこんな日でもカメラを持ち、そして自転車にまたがり、公園に出向いては自然に触れて気持ちを癒やします。

歩いて歩いて、そしていろんなことを考え続け、きれいなものがあると写真を撮ります。秋とはいえ見頃を迎える花々や美しい蝶の姿もまだ見られます。ダリアとコスモスが満開でした。ダリアって秋の花なのですね。あまり身近にない花なのでどの季節の花なのかピンとこない。



いや、そういえば昔、実家の庭に大きなダリアが咲いていた。あの記憶は秋の風景だったのでしょうか。

実家には柿の木が何本もあります。干し柿用の渋柿や富有柿の木もあります。

長い竹を先端だけを半分に切り裂き、そこに竹が閉じないように短い小枝をはさみ込んだもので高い枝になる柿を取っていました。日常的な工夫を凝らした発明品の柿取り棒です。

ちょうど竹の先端に空いた隙間に柿からでている果柄を挟み込んだら竹竿をくるりと回して枝を折り、そのまま引っかかった柿を手繰り寄せます。まだ小さな私が空を仰ぎよく熟した柿を見定めそれを指差すと、そうやって祖母が器用に柿を取ってくれるのです。ブリキのバケツに沢山の柿を入れてもらい嬉しかった。

方言かもしれませんが完熟して柔らかく半透明になった柿の実を「づくし」と呼んでいました。おそらく熟したという言葉から来ているのではないでしょうか。半分に割って頬張るととても甘くて美味しかった。種の周りだけ包み込むように透明な薄皮のようなものがあって、つるりと種が抜け出てくる。母はそんなづくし柿が大好きでよくふたりで食べたものです。

熟しきって地面に落ちた柿を小鳥がやってきてついばんでいる。あたりは熟した柿の甘い香りが立ち込め、秋の深まりとともに陽は低く眩しく射し、機械小屋の横に咲いている大きな花びらの赤いダリアが揺れていた。


祖父の趣味で毎年夏の初めから栽培していた菊の花が大量に咲いていたのもこの時期なので、きっと当時は玄関の前には鉢植えの背の高い菊が咲きほころんでいたことでしょう。

軒には干しはじめたばかりの吊るし柿が並んでいて、軒下の日当たりの良い場所に敷いたむしろの上には、さつまいもの干し芋や大根の切り干しをしている。昔ながらの冬の保存食の準備です。もうすぐ深く厳しい冬の季節がやってくる、それまでの束の間の穏やかでまだ少し温かさが残る秋の雰囲気が漂っていました。

食卓にはいつも季節の彩がいつもあリました。ごく当たり前のことなのですが自然に即し四季折々に実った作物や果物を食べる。作物のあまり採れない冬場は仕込んでいたぬか漬けや保存食を用いる。それと併用すかたちでスーパーマーケットなどで買った食材ももちろん食べていましたが。

今はなんだか年中同じような食べ物をぐるぐるローテーションしながら食べ続けているように思えて仕方ありません。わざわざ買ってまで柿や栗など季節を感じさせるものを食べようとも思わなくなったというところでしょうか。まだ昔を懐かしむには時期が早いのかもしれません。

去年までは採れた柿と栗や大きな黒豆を実家の母が宅配便でたくさん送ってくれていました。近所の方にお裾分けすると美味しい美味しいといって皆さん喜んでいただける。

しかし、そんな母が今年始めに亡くなりました。父も認知症を患い、もう私のことが誰なのかと理解しているかどうか怪しい状態です。

柿や栗の木々は毎年、これからもずっと実をつけ続けることでしょう。
でも、もうそれを採って食べる人も、遠く都会に暮らす子供たちの家族に送って世話を焼く人ももういません。

色づく木々の葉や渡り鳥が浮かぶ風景や咲きほころんだ花々を見ていると、止めどなく秋の記憶が蘇ってきました。あのダリアは秋に咲いていたんだと。人は記憶によって個人たりうるもの、そんな言葉を思い出しました。