多弦楽器の暴奏

心よりいず、願わくば再び心に至らんことを

心よりいず、願わくば再び心に至らんことを

蝉の一生

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セミの抜け殻


ミンミンゼミが鳴いています。ああ、夏本番だなと感じます。

あちらこちらでツクツクボウシも早口言葉を競い合うように忙しく鳴いています。
市街地ではいないようですが、ここ植物園には結構な数がいるようです。
これを聞くと厳しかった夏の終りが近づき始めたとも感じられます。
もちろん、クマゼミアブラゼミも鳴いております。
 
大阪市内はクマゼミアブラゼミばかりだと思っていましたが、そうでもないようです。ニイニイゼミの繁殖もあるようですが、鳴いているかというと、完全にクマゼミのシャンシャンにかき消されてしまっているようですが。
 
種類の異なるセミそれぞれが特有の躍動的なリズムを刻み、それが重なり合い大きなうねりのようなものを感じます。そう、はっきりいって「うるさい」ということです。
 
しかし、こんな都会の真ん中でセミの数が多すぎると思うのは私だけでしょうか。どんな小さな公園でも木の根元あたりは幼虫が抜け出た穴が沢山開いているし、密集したセミの抜け殻群もあたりに点在している。耳がどうかなるんじゃないかというぐらい、シャンシャン・シャンシャンけたたましい。猛暑にあってこの夏バテにとどめを刺されるようなそんな思いです。巷では大阪のクマゼミの大量発生は異常だとか、大阪のセミは世界一うるさい、とかネットでは随分上がっているようです。
 
マンションの公共廊下にクマゼミがひっくり返っている。それもしょっちゅうで、鉢植えのあるベランダにも迷い込んで息絶えている。一週間しか生きられなくてもう死んじゃったのかな、と思い近づくと急に鳴き出してゼンマイのおもちゃみたいにバタバタバタと回転し始める。そりゃ、びっくりしますよ。娘たちは玄関のドアの向こうにセミがいると怖いといって外に出られない有様。
 

私が子供の頃はもっとセミに対して夏の情緒を見ていたと思うのです。ニイニイゼミのあの小さな抜け殻を見つけるのが楽しかったものです。比較的低いところで羽化するので見つけやすかった。水田から出てくるのか、抜け殻はいつも泥をかぶっていた。成虫も小柄できれいなセミで翅が半分透明で美しいセミでした。保護色をまとい木の幹に擬態しているのでめったに見つけられませんが、鳴き声のするあたりを目を凝らすと小さいのがいるのです。

 
アブラゼミは見た目がちょっと好きではなかったですね。裏庭の柿の木や松の木に止まって鳴くとうるさかったし、どこにでも沢山いるので希少性といいますか、珍しさに欠けるところが私にとってのポイントの低さの原因でした。しかし、最近数がめっきり減っているように感じますし、そういう声をよく聞きます。
 

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数が減ったと噂されるアブラゼミ(2017年に撮影)
 
子供の頃、虫取りをしてひとしきり遊んで友達と別れた夕焼け染まる帰り道。神社の鎮守の森に響き渡るヒグラシの鳴き声が、まるでシャワーのように降り注ぎます。
 カナカナカナと小さな光が小刻みに点滅するかのような単調なメロディーがすーっとテンポを落としながら茂みの中に消えそうになる。それに答えるかのように幾重にもこだまするように林のさらにその奥から繰り返し繰り返し、共鳴するかのように、静寂と共にあたりを包み込んでしまう。
 
記憶に刻まれた心に響き渡るようなあの美しい光景は、色褪せることなく今の私を作っています。残念ながら私が暮らしているこの街にはヒグラシはいませんが。
 
 
 
「七年耐えて、七日生きる」といったのは昆虫や植物の静物画や絵本の挿絵作家で、日本のプチ・ファーブルと呼ばれた熊田千佳慕さん。絵本の表紙絵のセミの羽化の絵が素敵です。細部まで観察され描写により再現されただけではなく、描かれた生命そのものに宿る魂とか、それにまつわる物語さえも垣間見るのです。
 
随分前の話ですが、その絵に示す瞬間を私は固唾を呑んで観察したのを覚えています。まさに目の前で起こった神秘的な体験でした。この表紙絵を見るたびに鮮明な記憶として呼び起こされます。
 
地面から這い上がってきた幼虫は動かなくなり、やがて褐色の背中が縦に開き始めます。中から真っ白な成虫の背中が膨張するかのように盛り上がってきます。この小さな虫の静かな呼吸が聞こえるようでした。わずかに翡翠色を帯びた白くつややかな身体をのけぞりながら、慎重に時間をかけて少しづつ脱皮をする。成虫の透き通った翅はまだ伸び切っていない。やがて自分の抜け殻につかまり、またゆっくり時間をかけて翅が伸びていきます。
 
外骨格からすり抜け出た後に残された琥珀色に透き通った抜け殻。何も損なうことなく地中で生きてきた姿をそのままの形を保ち留め、枝や木の幹につかまり続けています。目や触覚や樹液を吸っていた口吻、関節や鉤爪も時間が止まったようにもう動くことはありません。死んでしまったのではない、何か生きた痕跡や記憶といったものが、この中に閉じ込められて永遠に固定されてしまったかのようです。
 
濡れそぼったシワがかった翅は力強く張り、青白く幽き身体もたくましく色濃くなり、準備がととのった成虫のセミは抜け殻を後にして飛び立ち、短い生涯お終えます。
 

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羽化したてのクマゼミ
 
しかし、最近になってセミの成虫が羽化してから一週間しか生きられない、といいうのは俗説で、本当は一ヶ月ぐらい生きることがわかってきたようです。岡山県の高校三年生の男子生徒が、日々の暮らしの中で感じた素朴な疑問から始まり、そして彼は行動を起こします。セミを捕獲し、ひとつひとつマーキングを施し、また放つといった、個体の寿命の調査を行ったのです。たった一人で、今まで誰も行わなかった地道な調査でセミの寿命は一週間ではないということを証明してみせたのです。種類によってその平均値は異なりますが、およそ30日は生きているということだそうです。
 
この夏、一人の高校生によって俗説が覆ったということで、少し驚きました。
セミに対する見方が少し変わって興味深いですね。
 
 
この絵本も大変良かったです。
人間界で仕事をする蝉の幼虫のお話し。

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セミ」 著:ショーン・タン 訳:岸本 佐知子/河出書房新社
 
  1. セミ」 著:ショーン・タン 訳:岸本 佐知子 河出書房新社