多弦楽器の暴奏

心よりいず、願わくば再び心に至らんことを

心よりいず、願わくば再び心に至らんことを

晴明さんと五芒星

先月21日に四天王寺のお太子さん(空海=弘法大師)の縁日にお参りしてからというもの、なんだか最近すっかり近場の神社仏閣巡り、否探検ばかりしている気がする。

ゴールデンウィーク6連休の2日目。神の逆鱗に触れたかのような強風の中、またというか、例によって例の如くというか散歩ついでにカメラ持って歩いてみた。このあたりは住んでいる地元なので地図も何もいらない。ひょっとすると、晴明さんの呪術で異次元に迷い込んでしまい、さっしとあるみに逢うかもしれない。まあ、それはないとして。

レトロな阪堺電車上町線(チンチン電車)を横目に阿倍野筋を南に下る。このあたりは、いわゆる熊野街道と呼ばれ、京都御所から淀川を船で渡り大阪天満橋近くの八軒家から、遙か聖地熊野まで詣るための参詣道。普段あまり意識しないが市内の至る所に熊野街道の道しるべとなる石碑がある。松虫通りとの交差点を渡ってすぐのところにも熊野街道の道しるべがあった。

安倍晴明神社。京都にある晴明神社は屋敷跡に建てられたもので、こちらは誕生の地に祀られており、住宅街の一角の神社に鎮座されているそうだ。壮麗な社殿は厳かな雰囲気というよりむしろ親しみ深い感じがして、都会の雑踏や喧騒の中にありながらも静寂さを守り続けられている。

陰陽師というと、どうも現代社会や最新科学からしてみると、呪文や術や占いなど怪しげで如何わしいまやかしと考えてしまう。がしかし、当時としては天文学や方位学、時間や暦などといった最先端科学を取扱った朝廷管轄下の専門組織。飛鳥時代から確か明治時代初頭まで陰陽寮が置かれていて、そんなに古めかしい組織でもない。

実際、皇居(江戸城)も巧妙に神社や寺院を配置して、強力な結界が張られ守られているというのは有名な話。スカイツリーが出来て結界が崩れてしまう、などと嘯き警鐘を鳴らす専門家もいるようで詳しいことはわからないが、まあそういうことらしい。

関西圏も然り。まず関西近畿地区圏の地図を広げる。先に述べた京都御所平安京)から地図上で南にまっすぐ縦に線を引いていくとその線上に何故か平城京がある。更に南に下がると何故か飛鳥京があり、そこを通過し最終的に偶然にも熊野本宮がある。そうまっすぐ、同一線上に配する。

で、ここからが面白い。奈良の平城京を中心として熊野本宮を頂点とする逆立ちした五芒星(星型)の頂点にそれぞれ和歌山の熊野本宮~三重の伊勢内宮~滋賀の伊吹山~京都福知山の元伊勢~淡路島の伊弉諾神宮が配置されている。この五芒星が安倍晴明神社の神紋となっており、陰陽五行であるところの木・火・土・金・水の5つの元素の働きを表しており、古くから魔除けの呪符の意味するそうだ。その結界を構成する配置をレイラインと言うそうで、このあたりは非常に興味深い。

http://maps.google.co.jp/maps/ms?msa=0&msid=215638490506539540617.0004bf99a6d7ab97dd7e9

小学生の頃はとにかくオカルト系が大好きな少年だった。UFOや超常現象や心霊体験、妖怪や物の怪、そんな本ばかりこぞって読んでいた。でも、何時頃からだろうか。大人になるに連れて、「科学で証明できないことは云々…」よろしく、そんな類いのことは信じないどころか、そのトリックを暴こうと考えを巡らす夢のない自分がそこにいた。

そして一周して原点回帰。さもありなん、なんかあるし、なんかいるな、と思うようになってきた。そう思い始めると何にせよ興味は尽きない。だからといってカルトに傾倒することはないと思うし、妖怪博士ぐらいだったら人生もっと楽しいのかもしれないと思う。それに40歳代なかばに近づき気力体力共にそろそろ坂道を降り始めようかという年令に達し、神様や仏様にお願い事でもして、あわよくば何とかしてもらおうなどと弱気で虫のいい自分。

実際に手を清めて境内に入ると、日常では感じることのない心が清められるような霊験あらたかな気持ちになる。こういうの結構好きかも知れないな、おい。お詣りをして、お賽銭に似合わないほどの厚かましい沢山のお願いをして、しっかり御守も買って有難がっているのだから信心深さは否めない。

まあ、信仰(祈り)と科学は別物ということ。ある意味「幅が広がった」と自分を勇気づける言い訳をしてみてもいいし、「子供に帰った」と言ってもそれはそれで穢れなき純粋無垢な自分にもどれたようで悪い気はしない。