多弦楽器の暴奏

心よりいず、願わくば再び心に至らんことを

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松本被告死刑確定


松本被告死刑確定 最高裁、特別抗告棄却を決定

 地下鉄サリンなど13事件で殺人罪などに問われたオウム真理教アーレフに改称)の松本智津夫麻原彰晃)被告(51)について、最高裁第3小法廷(堀篭(ほりごめ)幸男裁判長)は15日、東京高裁の控訴棄却決定を支持し、被告側の特別抗告を棄却する決定を出した。戦後最多となる計26人の殺害と1人の監禁致死など、全事件を「教祖」の指示と認定した1審の死刑が確定した。社会を震かんさせた事件の首謀者に対する裁判は、96年4月の初公判から10年余で、控訴審が一度も開かれることなく打ち切られた。
 被告が自ら控訴や上告を取り下げて裁判が打ち切られたケースはあるが、最高裁に統計が残る66年以降、控訴棄却決定で死刑が確定するのは初めて。決定は4人の裁判官全員一致の意見。
 特別抗告審では、東京地裁の死刑判決の是非ではなく、(1)訴訟能力の有無(2)弁護側の控訴趣意書の提出遅れに刑事訴訟規則で容認される「やむを得ない事情」があるか(3)提出遅れという弁護活動の不備による不利益を被告に負わせることの可否−−が争われた。
 第3小法廷は(1)について、▽高裁の依頼で今年2月に提出された精神鑑定の結果▽1審判決当時の被告の発言内容▽拘置所での日常生活の様子−−などから、被告に訴訟能力があるとした高裁決定を「正当として是認できる」と述べた。
 (2)については、弁護団が趣意書を作成しながら、高裁による再三の提出勧告に対し「精神鑑定の方法に問題がある」などとして提出しなかった経緯に言及。「やむを得ない事情があるとは到底認められない」としたうえ「弁護人が被告と意思疎通できないことは、提出遅延を正当化する理由にならない」と判断した。
 (3)については「弁護人の行為による効果が、被告の不利益となる場合でも被告に及ぶことは法規の定めるところ」と指摘。「被告自ら弁護人と意思疎通を図ろうとしなかったことが、裁判を打ち切るような事態に至った大きな原因。責任は弁護人だけでなく被告にもある」と批判し「高裁決定を揺るがすような事情を見いだすことはできない」と結論付けた。
 松本死刑囚は17事件で起訴されたが、審理迅速化のため検察側は薬物密造など4事件の起訴を取り消し、地下鉄、松本両サリン事件の負傷者3920人を起訴事実から外した。1審では「弟子が事件を起こした」と、ほぼすべての事件で無罪を主張。東京地裁は04年2月「空想虚言に基づいて多数の生命を奪った犯罪は愚かであさましく、極限の非難に値する」と死刑を言い渡した。
 2審の弁護団は「被告と意思疎通できない」と控訴趣意書を昨年8月の期限までに提出せず、東京高裁は今年3月に控訴棄却を決定。弁護側は異議を申し立てたが棄却され、最高裁に特別抗告していた。【木戸哲】
 ▽最高検の横田尤孝次長検事の話 地下鉄サリン事件発生から約11年、初公判から10年が経過し、決定を受け一区切りの感がある。起訴された被告のうち控訴審、上告審に係属中の被告がいるので、引き続き適切に対応する。
 ▽松本被告弁護団の抗議声明 決定はきわめて不公平で不当。強く抗議する。決定は被告が弁護人と意思疎通を図ろうとしないことが控訴棄却をもたらした大きな原因と指摘するが、被告の精神状態を無視するもので、被告へのひぼうというほかない。
毎日新聞) - 9月16日10時19分更新


地下鉄サリン事件

1995 年3月20日午前8時ごろ、東京都 内の帝都高速度交通営団 (現・東京地下鉄丸ノ内線日比谷線 で各2編成、千代田線で1編成、計5編成の地下鉄 車内で、化学兵器 として使用される神経ガスサリン が散布され、乗客や駅員ら12人が死亡、5,510人が重軽傷を負った。日本 において、当時戦後最大級の無差別殺人行為であるとともに、松本サリン事件に続き、大都市で一般市民に対して化学兵器 が使用された史上初のテロ 事件として、全世界に衝撃を与えた。
事件が正式発表されたのは死者が出たこの5編成だけだが、この他にも銀座線 、東西線半蔵門線 でも被害者が発生し、23駅26編成で発生したと見られている。なお、有楽町線南北線 では被害がなかった。
有機リン系中毒の解毒剤であるプラリドキシムヨウ化メチル (PAM) は当時、多くの病院で大量ストックする種類の薬剤ではなく(主に農薬中毒用の薬だった)、被害がサリンによるものだと判明するや、瞬く間に使い果たされてしまった。そこで全国の病院へ収集令が出された。殊に東海道新幹線沿線では、各病院の使者が最寄り駅まで薬剤を届け、別の者が東京行こだまに乗車して各駅で受け取るという作戦が展開された。これが届かなければ死者はさらに600人増えていたと言われる。

当時サリン中毒は医師にとって未知の症状であったが、信州大学医学部附属病院 第三内科(神経内科 )教授の柳澤信夫 がテレビで被害者の症状を知り、松本サリン事件の被害者の症状に酷似していることに気づき、その対処法と治療法を東京の病院にファックスで伝えたため、適切な治療の助けとなった。
一方で、「急病人」「爆発火災」という通報で駆けつけた警察官 、消防官の多くは、サリンに対してはまったくの無防備のまま、地下鉄駅構内に飛び込み、救急救命活動に当たったため、多数の負傷者を出した。消防・救急隊員の負傷者は百数十名にのぼる。さらに、現場で負傷者の除染が行われなかったために、搬送先病院でも、負傷者に付着したサリンが気化し、医療関係者を襲うという二次的被害、即ち二次被曝も発生した。

陸上自衛隊では、警察に強制捜査用の化学防護服や機材を提供していた関係上、初期報道の段階でオウムによるサリン攻撃であると、直ちに判断。事件発生29分後には、自衛隊中央病院 等の関係部署に出動待機命令が発令され、化学科職種である第101化学防護隊が専門職として、初の実働派遣となって除染活動を行った。彼らはサリン等の神経ガスをはじめとした化学兵器 についての知識や経験が豊富であり、核兵器生物兵器化学兵器 (いわゆるNBC 兵器)の防護技術に精通した日本最高のスペシャリストである。
また、自衛隊では警察庁の要請を受けて、自衛隊中央病院 及び衛生学校から医官21名及び看護官19名が、警察病院 、聖路加国際病院 等の8病院に派遣され、硫酸アトロピン やPAM の投与や、二次被曝を抑制する除染といったプロセスを指示する『対化学兵器治療マニュアル』に基づいて、治療の助言や指導を行った。陸上自衛隊衛生補給処からはPAM 2,800セットが送られた。もし、柳澤教授や自衛隊による適切な助言や指導、そしてこれら薬剤が無ければ、更に数百名の被害者が死亡していたと想像される。

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数々の犯罪を犯し10年かけて裁判し、ようやく死刑判決が確定した。松本死刑犯は長期にわたる裁判の中、何一つ喋ろうとしなかった。どうして武装したカルト教団を作らなければならなかったのか?。その経緯を、多くの被害者や家族、関係者は本人の言葉として釈明して欲しかっただろう。それを一切放棄したんだ。なのに今だに教祖として一部の信者に崇められている。無差別殺人の主犯なのに。


村上春樹の「アンダーグラウンド」読むたび、あまりの悲しさや、現実に最後まで読めない。

公安警察も良くやったし、裁判も妥当な判決を下した。でも、被害者達は一生救われる事は無い。