多弦楽器の暴奏

心よりいず、願わくば再び心に至らんことを

心よりいず、願わくば再び心に至らんことを

カニはうまいがツメは無理

カニはうまいがツメは無理


「キキッ、キキキキキッ、キキッ、キキッ。」
攻撃的で気性の荒いケリが猛禽類のトビを追い払うために、まるでサイレンのように甲高くけたたましい鳴き声をとどろかせながら威嚇しています。そしてトビに対して執拗に何度も何度も猛烈にアタックを繰り返す空中戦。海に面した河口に位置するこんなところにケリがいるとは。恐らく、近くに羽化して間もないヒナがいるのでしょう。

「ピピピピピピッー。」
それにすっかり気を取られていたようで、近くにいたペアのチュウシャクシギに気づかず逃げられてしまいました。

長く弓なりに湾曲したクチバシに大きな翼を広げ、二匹の息があったきれいなシンクロした動きをしながら飛翔する姿は実に優雅で美しいものです。そのまま対岸に降り立つかと思いきや、旋回してこちらに戻って来ました。それでも私の姿を感じて左に旋回して、だいぶ離れた堤防の上に着地しました。

ここで距離を詰めるとまた逃げられると思い、このまま距離を保ちつつ無関心を装いながら観察と撮影することにしました。二匹のいろんなポーズをたっぷり楽しむことができました。

しばらくは向こうも意識してこちらの様子を伺っているようでしたが、退避姿勢を解き片足立ちの休憩の体勢をとりはじめ、終いには気持ちよさそうにその場にうずくまってしまいました。もう一匹も頭を背中に乗せるようにしてクチバシを翼にしまいこみ、時折目を閉じては縁側の猫のうたた寝のような様子。

上空では相変わらず緊迫したケリの威嚇と攻撃で飛びを追い払うべく「キキッ、キキキキキッ」とヒステリックに甲高い警告音が轟いています。それをまるで関係のない対岸の火事を見るかのごとく薄目を開けて眺めながらくつろぎの時間を楽しむチュウシャクシギ。突然、手前のうずくまっているほうが「オエッ」っと何やら茶色い小さな塊を吐き戻しました。おいおい、消化不良化かよ。

ペリット。猛禽類のワシやタカは獲物を鋭いツメで押さえつけて肉を引きちぎって食べるそうですが、基本的に鳥類は餌を丸のみします。しかし、それだけでは栄養を消化吸収できないため、胃の一部が固くなった砂嚢と呼ばれる器官、いわゆる焼き鳥でいうところの美味しく頂いているあの「砂ずり」で細かく食べ物をすり潰して消化を促すようなのです。歯がなければ胃ですり潰す。噛む必要がないというのはすごい発想です。

生物の進化はやはり興味深い。それでもどうしても固くて処理しきれないものは吐き出す習性があり、その未消化物の塊を吐いたということなのでしょう。ということは、やはり消化不良と同義語ですね。休息を終えたを二匹のペアが飛び立ったあと、そのペリットを観察してみることにしました。何を食べているかわかるような痕跡を残しているはずです。

鳥インフルエンザのこともあるし、どんなウイルスや細菌が潜んでいて想定外の感染症を引き起こすわかったものじゃないので、決して素手に触れないよう注意を払いながら、足元に落ちていたちょうどお誂え向きの小枝を使い塊を広げて内容物を確認してみます。どれどれ、ふむふむ、これはこれはどうみてもカニの爪。

イソガニ?。なんだろう。先日、野鳥園でも器用にクチバシでカニを採っていたので、かなり好物のようです。そうか、あいつよっぽどカニ好きなんだなあ。比較的薄い甲羅に比べ中空とはいえ頑丈に作られたハサミの先端部分は強靭な砂嚢をもってしても刃が立たないということのようです。

観察結果、「カニはうまいがツメは無理。」

しかし、すり潰せなかったとはいえ、400gも満たない体重の鳥が、胃袋だけでこれほどカニの甲羅をグシャリと粉砕するとか、全くもって驚きの破壊力です。ヒトの歯のついた顎の力と遜色ないのではないでしょうか。

とはいえ、かくいう私もカニには目がなくて、チュウシャクシギと食べ物の好みが同じだなんて。生きたまま丸のみとか、体の内側からハサミでつまんでギュッとされるのを想像するだけで拷問じみていて、かなり嫌すぎてちょっと無理そうですが、そんな共通点を発見することができて何よりでした。